2013年8月8日木曜日

ツボのWHO標準と教科書との相違

 『新版 経絡経穴概論』が今年より第2版になり,「上腕(肩峰から肘頭まで)の長さを,便宜上,上肢下垂時は12寸とする」という内容が追加されました。

 2008年に制定されたWHO標準では,肘から腋窩横紋までを9寸とし,肩峰から肘までの骨度は定められていません。中国の大学教科書では,肘から腋窩横紋まで9寸という骨度だけで,上肢陽経の部位を規定できているので,肩峰から肘までの骨度をさらに加える必要はないと判断したのでしょう。
 そのWHO標準制定を受けて編纂された2009年『新版 経絡経穴概論』では,日本の習慣を踏まえてか,「肩関節外転時の上腕の長さを,便宜上1尺寸とする」という一文が付け加えられました。教科書まえがきに「英語の公式本を元にし必要事項を追加して,日本の鍼灸の歴史と文化をも反映した内容の教科書を作成した。」とあるとおりです。
 しかし,手五里(大腸経)、肩貞(小腸経)、肩髎・消濼(三焦経)などの取穴部位イラストは,上肢下垂の姿勢図にもかかわらず1尺の目盛りを用いた矛盾したもので,やや無理のある取穴図となっていました。

 今回それに対処するために,「上肢下垂時の上腕の長さを便宜上12寸とする」が追加されたのでしょう。具体的には次のようになっています。
1.大腸経……手五里(曲池の上方3寸),臂臑(曲池の上方7寸)の取穴図 〔第1版から変更なし〕
 ・曲池の欄に,「肩関節を外転したときの曲池から肩髃までの長さを便宜上1尺とする」とある。
 ・取穴図は上肢下垂,目盛りなし。定規で実際に測ってみると,12寸でなく10寸を使用していることがわかる。
2.三焦経……清冷淵(肘頭の上方2寸),消濼(肘頭の上方5寸)の取穴図。 〔今回変更部分〕
 ・天井の欄に,「肩関節を外転したときの肘頭から肩峰角までの長さを便宜上1尺とする」とある。
 ・しかし,取穴図(標準サイズ)は上肢下垂,12寸の目盛が使われている。腋窩横紋後端が,肘頭から肩峰に向かい12分の9の高さになるように,腋窩横紋の線を第1版より長く伸ばして修正している。しかし小腸経の肩貞(腋窩横紋後端の上方1寸)の取穴図は,変更なしのままなので,三焦経のイラストと小腸経のイラストで,腋窩横紋の長さが異なってしまった。
・上肢外転(10寸目盛り)の図も2分の1サイズで載っていて,消濼が「肘頭と肩峰角の中点」であることを図示している。

問題点をまとめると次の通りとなります。
①清冷淵・消濼の取穴図上の●が第1版から移動してしまった(WHO標準と実質同じになったことは望ましい)。
②同じ上肢下垂姿勢のイラストなのに,大腸経は10寸を使用し,三焦経は12寸を使用していて,統一性がない。
③肩貞(小腸経)の取穴図と清冷淵・消濼(三焦経)の取穴図は同じイラストのはずなのに,腋窩横紋後端の長さに細工が施されていて,長さが同じではない。
④上記②③のために,手の三陽経の経穴を1枚の取穴図に描こうとすると矛盾が生じる。

 WHO標準化については検討開始当時から,さまざまな意見がありました。鍼灸師ひとりひとりの臨床に対する意義についてはさておき,真柳誠氏が「今回の部位標準化により、客観性を備えた第四次の標準化が世界レベルで達成された。この第一次から第四次までを顧みると、伝統技術が現代に継承され、さらに確固たる科学技術として発展・深化・普及する歴史を、まさしく典型的に示しているのが分かる。」というように,学術的には大きな意義があると思います。
http://mayanagi.hum.ibaraki.ac.jp/paper01/keiketsu.html

 WHO標準にはない上肢10寸を加え,今回さらに12寸を追加して,問題を複雑にしてしまいました。初学者を対象とする教科書に,上肢の新たな骨度を追加することは,WHO標準化の主旨に反してまでして行なう意義のあることなのだろうか?

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