2012年8月4日土曜日

古医籍の詞義を弁別する

『古医籍詞義辨別法』を推賞する 
「どのようにすれば古医籍を読む能力の水準を引き上げられるか?」
これは教育者としての、また古医籍研究者としての著者に本書を書かせる動機となったテーマである。形・音・義を持つ文と字が、文言と語言に使われて種々の意味に表現されるとき、文字と詞となる。従って、時間的変遷と使用上の推移は多くの義を持つ多義詞を生み、当然のことながら義を弁別する必要に迫られる。
本書は他でもない古医籍にある詞義の弁別を可能にした貴重且つ平易な入門書であるのみならず、既に修得した者にとっても新しい展望をもたらす必読の書でもある。
古語(詁)を読解、理解(訓)する操作を訓詁というが、その分野の和文による解説書、入門書は待望されながら実現していない。今回、幸いにも人と処を得て、専書の一つが訳出、出版されたことをこころから喜びたい。 
井上雅文『針灸師の医学を目指して』緑書房 より
初出は『内経』第57号 日本内経医学会 1993
著者は上海の段逸山教授です。1992年の初夏に教授の招きに応じて上海で医古文と『内経』に関する交流会を催した際に,原書を賜りました。実は,この翻訳と印刷に際しては,いささか配慮を欠いた点があって,その後は増刷のはなしを持ち出すのも気が引けるんです。松田博公『日本鍼灸へのまなざし』で,「アングラ翻訳し,江湖の喝采をあびた」と紹介される所以です。
以下は教授による「前記」です。良いと思うんだけどなあ。手頃な小冊子だし。誰か,再挑戦してくれると嬉しいんだけど。

どの様にすれば古医籍を読む能力の水準を引き上げられるか?これは長年私の頭を去らない問題であった。古代の医書を読むに際して最大の障害が詞匯に在ることは、医古文の教育に当たる者に共通した認識である。言語を構成する三大要素、即ち語音・語法・詞匯の内、詞匯の古今の変化が最も顕著であり、これには旧詞・旧義の消滅と、新詞・新義の産生の両面が有る。だから中医古籍に常用される詞匯を出来る限り多く掌握することは、疑いも無く閲読能力を増強するための重要な一環である。詞匯の量を蓄積するということには、自ずと二つの内容が含まれる。一つは相当の数量の常用詞を知ることであり、もう一つは多義詞の主要な義項を知ることである。この様にして、詞匯の量が蓄積されるにつれて、また別の種類の問題が生じてくる。つまり蓄積された詞義をどう弁別するかという問題である。かりにただ前の二種の蓄積だけがなされ、後の一種の蓄積が無かったら、古医書を実際に読むに際して、中でも理解しにくい多義詞語に出会った時には、従うべき術を知らず、無理やりこじつけて終わることになる。これでは百歩の距離を行こうとして、五十歩で止まる様なもので、とても目的は達せられない。これに鑑みて、我々は常用詞およびその主要な義項を記憶しようとする時には、さらに医古文詞匯の規律を熟知し、前人の遣詞造句の特徴を理解し、さらには詞義を弁別する方法を掌握しなければならない。そうすれば間違いなく苦労は半ばにして功は倍増という効果が獲られよう。
ここ数年の間、私は机に伏し、教壇に立つに際して、努めて具体的例証を収集し、前哲時賢の研究成果を参考にして、詞義を弁別する方法を探求してきた。今それを整理して、一冊の本にまとめ、中医愛好者がさらに深く古医籍の殿堂に入るための便利な入口たらしめんと思う。詞義弁別法の研究には今なお専著が乏しく、中医古籍の詞義弁別法についてはなおさら論著が無く、とは言うものの詞義の弁別については往々にして人それぞれに方法が有るので、この書は新しい道を開く苦労をしたという意義は有るものの、必ずやこれは取ったのにあれは落とし、あるいは甚だしくは一を挙げて万を漏らすといった欠点が有るに違いない。それ故に専門家、読者各位のお教えを賜りたいと思う。もしもこの書が皆々の詞義弁別法に対する興趣を引起し、この方法の改善を促すことが出来たとしたら、これは瓦礫を放り出して玉を得た様なものである。 

6 件のコメント:

横道 さんのコメント...

この『古医籍詞義辨別法』の書籍或いは翻訳本を検索してみました。
やはり、ありません(見落としているかも知れません)。

PDFとかのこっていればうれしいのだけど(恐縮)。

このような書籍を参考にすれば、もっと古典の理解を深める事ができる(かも)、と思います。
しかし、なかなか翻訳本はありません。

この書籍に類似する書籍や翻訳本(中国語はなかなか不慣れです)などあれば、ご紹介あるいはお教え頂きたいのですが.......。

乗黄 さんのコメント...

投稿本文にありました様に、『古医籍詞義辨別法』の翻訳本に関しましては、著作権等の問題もありましたので、そのコピーやPDF等はさらなる著作権を侵害する事ともりません。
大変失礼ではありますが、公のブログ上ではあまり好ましくないと思われますので今後、ご注意願えればと思います。

横道 さんのコメント...

誠に軽率な発言でした。
ご迷惑をおかけして申し訳ありませんでした。

神麹斎 さんのコメント...

なんだか,見せびらかしただけのようで,申し訳ない。
実のところ,たいした部数を作ったわけでもないんです。
周囲に配布したというのが実情なんですが,出版ごっご的にやったのは拙かった。
部数から計算した印税分程度は,お渡ししてあるんですが,勝手にやって迷惑をかけたには違いない。
で,井上先生の紹介文とかが後押しになって,まともな出版社がまともに出してくれるとうれしいな,ということです。
欲しい欲しいという人が増えれば,今ならあるいは,という淡い期待は有ります。
軽率な書き込みで,ご迷惑をおかけました。

唐辺睦 さんのコメント...

インターネットでは、原書も見つかりません。類書も心当たりが無い。ひょっとすると、井上先生の紹介文あたりが、一番高い評価をしている記事かも知れない。

神麹斎 さんのコメント...

書かれているのは,場面の状況から意味を考えろ,対になっている言葉に注意しろ,語法的に分析してみろ,前人の注釈を参考にしてみろなどなど,まあ言われてみれば当たり前のことばかりです。だからこそ,良書だと思います。

この書物に関するサービスは,これが最後です。

熱心に捜せば,古書販売サイトに稀には登場するらしいけれど,私の関知するところではありません。欲しい欲しいと五月蠅く書き込んでもらえれば,あるいはどこかの本屋さんが注目してくれるかも知れないけれど,それも私の関知するところではありません。残念ながら。


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